傷だらけの茄子

今日、浜松を台風11号が直撃しました。
しかし、進路が東側に逸れたことで、
思った程の風雨に見舞われることはありませんでした。

台風と云えば、この名エッセイ。
向田邦子さんのエッセイを転載します。

昔の台風はよかった。迎える朝の浮き立つ気持ち、
それた朝の拍子ぬけ、それは大人たちにもあるはずなのに、
素知らぬ顔をしている憎らしさ・・・・・・ほんとうの家族があった。
昔の台風はよかった。


台風接近のニュースを聞くと、私はどうしても、あのことを思い出してしまう。
子供の頃、すぐ裏に内科の医院があった。そこに一匹の猿が飼われていた。
小さな猿だったが、とても利口で、朝、新聞配達がくると、
足音を聞きつけて一番先にひったくり、
眠っている主人の枕もとに置いたという。
その猿が、台風のさなか、嵐の音に野生に帰ったのか、鎖を千切って逃げ出し、
屋根の上で叫び声を上げていた。
台風が去ったあと、風に叩きつけられたのか、屋根瓦に足を滑らせたのか、
冷たくなった小さななきがらが転がっていたというのである。
私はその猿を見たことはなかった。見たことないのに、屋根につかまって、
濡れた毛を逆立てて吠える小さな猿を見たような気がしてならない。

台風がくるというと、昔はどうしてあんなに張り切ったのであろう。
夕方あたりからくる、夜半過ぎにくる、というと、掃除当番もそこそこに、
運動場で遊んだりしないでまっすぐうちに帰った。
三人五人と同じ方向に帰る友達と、風に逆らうようにして、
ふざけながら急ぎ足で帰ったときの気持ちのたかぶりは、
友達のお河童のサラサラした髪の毛が、天に向ってそそりたつようになり、
セーラー服のひだのスカートが、
パアッと上へまくれ上がった形と一緒に、いまも目に浮んでくる。
うちへ帰ると、祖母や母も、気負い込んで、
小走りに台所から廊下を行ったりきたりしていた。

「ご飯はどのくらい仕掛けたら、いいかしらねぇ。おばあちゃん」
「とりあえずひと釜で大丈夫じゃないかねぇ」
早いところ炊き上げ、おかずもつくって、台風がこない前に、
かまどの火を引いてしまいたいのである。

「暗い中でも持ち出せるように、学校の道具をランドセルにつめて置きなさいよ」
といわれて、子供たちは、子供部屋に入って教科書を出したり入れたりしている。
そこへ父が帰ってくる。

横なぐりの雨で、レインコートの肩のあたりはぐっしょりと濡れ、
折り返したズボンの裾から、細くて青白い脛が出ているのがおかしいのだが、
こんなとき笑ったりしたらどんな目に逢うかみんな判っているから、
なるべく切羽詰ったような顔をして、玄関に一列にならび、
「お帰ンなさい」と合唱する。

「台風がくるというのに、そんなところにのんびり並んでいるんじゃない!」
どなりながら、せかせかと茶の間に入って行く。
出迎えなければ出迎えないで、
「子供たちはどうした。台風ぐらいでそわそわするな」
どっちにしても怒るのである。

・・・つづく。
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by a-kashi | 2005-08-25 22:25 | 暮らし | Comments(0)